日本一周20日目 ”山間のオアシス都市”宮城県白石市から塩釜市に移動

から / 2020年6月23日 / 自転車日本一周
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福島県から宮城県へ山脈に挟まれた盆地をひたすらに北上している。

福島は私にとって関東と東北を繋ぐ土地、自然と人々の素晴らしいまさに福の島だった。

宮城県に入って人生初のどっからどう見ても東北地方に自転車で踏み入れていることにいよいよ引き返せない旅が始まったという未開の地に来た喜びが大きい。

そして、人生初、二週間以上の長旅となっている今にとても感動をしている。

正直、20日目をして日本一周最大のピンチを迎えている。

あれだけ数多くの不思議な奇跡を体験した私だったが、福島県白河市で膝関節が痛まないよう予防も兼ねて慎重には慎重に4日間も休息をとって、”最初が肝心”、”先を焦るな”という想いで休息をとったのに、

休息明けの19日目から両膝に今までにない違和感を覚え不安となり、

そして昨日20日に宮城県白石市から塩釜市に移動するたったの50kmの区間で左膝は朝から限界を迎え、もはや急に自転車を漕ぐことが困難なまでに痛みが突き刺さるようになってきた。

しかし、それでも宮城県唯一の一之宮神社「鹽竈(しおがま)神社」に到着してから考えようと思い、ゆっくりのペースでほとんどを歩道を走りながらだましだまし到着した。

ここまで傷が深い痛みが急に来るとは、最早手遅れの事態かもしれない。

正直、昨夜は旅を諦めた。

私は関節の故障に泣かされてきた人間なので、自分の関節の弱さとどの辺まで痛みが深いと再起半不能なのかを幾多の経験で知っている。

この先は、ヒグマのいる北海道一周、4~50kgの装備を積んだマウンテンバイクで毎日100kmをコンスタントに24日以上走らなければ一周出来ず、休息日を入れれば31日間の予定だが、とにかく夜に熊のこない安全な寝場所を確保しなければ生きて帰れない。

熊なんて会うはずがと思うかもしれないが、私は一度相模湾でただ一人、秘境の岬の沖合でシュノーケリングしている時にその時に撮った映像解析から判明した人食いイタチザメ(相模湾に生息とWikipediaに書いてある。)と50mの距離で遭遇している。

その時に撮影した動画には振り返った映像になんと秘境の岬の岸壁が誰もが一瞬で熊が叫んでいるようにしか見えない風に映っているために、フラグが立っているといえば立っているのだ。

予算が許すならライダーハウスにお世話になるかもしれないが、大半はキャンプ場など無料の施設に頼るだろうが、途中で膝が痛いから今日は進めないということが許されないのだ。

また進まなければ食糧が持たない、一日に1回か2回しかコンビニやスーパーに出くわせないから、進まなければその日の食糧にありつけない。

北海道に行くまでに1カ月の猶予があって徐々に北上しながら万全のコンディションを作っているつもりだった。

ところが、この津波被害のあった宮城県塩竈市で私自身が絶望をしている。

3.11は決して忘れることのない事件で、あの時亡くなった特に学生以下の子達を大変悔やんだ。

だが、私は37歳、本当の本当に背水の陣を敷いており、私にとって敗北して帰宅することは永遠の生命の死を意味すると言っても過言ではない。

この最後の気力を振り絞り、自身を再生するために、この日本一周をしているのに、、私はこの運命を呪うしかないのだろうか。

しかし、私は、負けるわけにはいかない。

振り返ればすぐそこに魔界が待ってましたとばかりに口を開けている。

なんとしても、光の方へ…..

▽今日の動画▽

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